京の路地から From Kyoto with Love

Why don't you visit Kyoto to meet something new? 京都は私の空気、水のようなもの。新しい京都、古い京都。その中で、日々綴った、現代の枕草子。

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Location: 京都市, 京都府, Japan

悪戯な好奇心の猿一匹、飼っています。Keeping a curious monkey in my mind.

Apr 19, 2011

こんな女に

 敗戦で引き上げてきた祖国は焼け野原で、何もなかった。看護婦だった彼女も、仕事を見つけることができず、結局生きるために米軍兵に身体を売って生きるしかなくなっていきます。思えば昨日まで「鬼畜米英」と呼び、敵が上陸してくれば婦女子は辱めを受けるから自害せよと教えられてきた時勢でした。急転、その米兵に体を売って生きるしか術のない境遇に至り、あまつさえ世間の蔑視を避けて生きなければならなくなった女たちの心情は、推し量ることすらできません。
 菊池章子の歌う「星の流れに」の「こんな女に誰がした」という歌詞が当時、人々の涙を絞りました。本当に飢えたことのない人には、ぎりぎりの人間の苦しみは分からない。震災後死体のポケットから金品を奪う盗人の姿が見られたと聞きます。人間は置かれた状況で、その本性が決まります。衣食住が足りていれば、皆そこそこいい人でいられるのです。本当に困ったときに、人の助けが欲しいときに、スッと逃げてしまう人もいます。友達じゃなかったの?って思いますよね。
http://www.youtube.com/watch?v=qWIPoIG2jJk&feature=related

 東日本大震災で、農業、漁業はもとより、サービス業で働く人々には生きるすべがありません。家も家族すらなくなってしまっているのですから。何もないところから、一体どうやって生活を立て直すのやら。やるせない話です。結局、「こんな女に」が繰り返されるのかも知れません。もともと東北は厳しい自然のため、かつては口減らしが横行したことは広く知られた事実です。震災、津波に輪をかけるような悲惨な東電の原発事故で、被災したどのひとりも、不本意な生活を強いられることのないようにと祈っています。
 ヒトはカップ麺と毛布と古着と、だけでは心の底からは笑えない。被災地の子供を差別する視線に耐えて生きようとする心が傷ましい。
 国も、自治体も、東電も、被災地の誰もが人間の尊厳を保持して生活できる条件を、保障することを責務とすることを、使命と思ってほしいと思います。これは国や、自治体や、東電やの問題ではなくて、日本という国の力を試す試練ですよね。「私たちの」問題です。

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