京の路地から From Kyoto with Love

Why don't you visit Kyoto to meet something new? 京都は私の空気、水のようなもの。新しい京都、古い京都。その中で、日々綴った、現代の枕草子。

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Location: 京都市, 京都府, Japan

悪戯な好奇心の猿一匹、飼っています。Keeping a curious monkey in my mind.

Mar 28, 2011

「つまらぬ男と結婚するより一流の男の妾におなり」

という表題の本を読みました。別に妾で生きた人の本ではなくて、俳優座から新劇へ移り、女優として生きた樋田慶子(林与一は従弟)という女の半生の記でした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%8B%E7%94%B0%E6%85%B6%E5%AD%90

彼女を産んだ母は出産の直後に世を去り、慶子は祖母の手で育てられます。その祖母は新橋の料亭「田中家」の女将で、伊藤博文のお妾でした。伊藤博文のお妾ならば、当然その辺の幸せにしうがみつくよりは恵まれた生涯を送ることができるのは明白です。そして、慶子もあわや(元総理の)岸信介の妾にされるところ、お座敷の柱によじ登って逃げて身を守ります。本の表題は、祖母の生き方でした。彼女はそれに抵抗して芸の道に入ります。しかし、彼女の意志に反してやはり祖母が伊藤博文のお妾という人脈に守られて、芸能界を生き抜くことができました。本書に登場する人脈は、日本の芸能界を代表する大物ばかりです。
 
 文庫本でも300頁を超える大作で、読み切るには根気がいります。そこで、私が面白いと思った部分を、以下に抜き書きでご紹介します。この本のエッセンスといえるエピソードで、ここだけでもこの本を読んだ値打ちがあると信じています。

「女は風呂に入りたがった。
 人一倍きれい好きの女は、湯上がりに小ざっぱりとした浴衣に着替えて男に甘えたかった。
「帰したくない」
 ただその一念であった。男には家庭があった。男は仕事柄、いままでにもたくさんの恋をしたが、こんなに女にのめりこんだことは初めてであった。しかし家庭を捨てるまでの踏ん切りはつかない。男は家にいると、
「美津子はどうしているだろう?」
 と女のことを考え、女の家にいると。
「勝子はどうしているだろう?」
 と妻のことを考えた。それはあながち男の身勝手さばかりでなく、時局が戦時中という切羽詰まった時期だったせいもあったのであろう。当時、B29という飛行機が頻繁に東京の上空を脅かし、現に焼夷弾もあちこちに投下され、空襲警報の不穏なサイレンの響きは、いつ鳴り始めるかわからぬような状態であった。
「ねえ、お風呂入りたいのォ」
 女はなおも大きな身体を折るようにして男にねだった。
「入りたいったって燃す物がねえじゃねえか」
「じゃ、どこかの炭屋さんへ行って薪を分けてもらいましょうよ」
 二人は連れだって外へ出た。初春の夕暮れはもうそこまで迫っていた。二人はどのくらいあちこちを歩いたのであろう。やっと一軒の炭屋の赤い旗を見つけた。燃料不足の折柄、炭はおろか、練炭、豆炭などもなく、それでも表に薪が束にして積んであった。二人はホッと顔を見合わせた。
「すみません。薪を分けてもらいてえんだが」
 男が声を掛けると、店の中から国防色に身をかためた主人らしき男が出て来た。明暗交代時の表の薄明かりに透かすようにして、主人は二人の客の顔をジロジロと眺めた。
「何だい!お前たちは役者じゃないか!役者なんて俺たちが困ってるときにゃ、デレデレした着物なんか着やがって、いい思いばかりしてるに違いないんだ。そんな非国民みたいな奴らに誰が薪を売ってなんかやるもんか!」
 店の主人の罵倒とも取れる言葉に傷ついて、二人はションボリと歩き始めた。
「いまどき風呂に入りたいなんて、わたしのわがままだったんだわ」
 女がそう思ったとき、男はキッと顔を上げていった。
「焼跡へ行こう!」
 いままで歩いて来た道すがらに、焼跡の一隅があったのだ。そこへ引っ返したものの女はなすすべを知らず、焼けただれた所帯道具の残がいをただ呆然と眺めているだけであった。男は不器用な手つきで焼け焦げた木片を集め始めた。木片には針金がズルズルとついて来たり、釘があちこちささっていたり、集めるといっても容易なことではなかった。彼は手ぬぐいを出してみたが、それで縛り切れるものではない。
「おい!腰紐を解いてくれ」
 男にいわれて、女は素早く鴇色の腰紐を解いて渡した。さなだひもだから細く見えても開げてみると、ずいぶんの太さになる。男はまた不器用に何度もやり直しながら、それでも集めた木片を結い終え、片側の紐を長く伸ばして肩に担いだ。二人は鴇色の腰紐に結わかれた大小の木片を、後生大事に引きずり引きずり歩いた。空にはちょうど、くっきりした上弦の月が出て、暗い夜道を照らしてくれていた。
 家に着いて、その木片で沸かした湯舟に、女は、ようやくの思いでゆったりとつかることができた。外から、
「いい加減かい?どうだい、いい加減だろう」
 と章魚のように口をとがらせて火吹竹を吹きながらいう男の言葉に、女はただ黙って泣いていた。
 そうです。男は花柳章太郎、女は山田五十鈴。こんなすばらしい話を、私は京風のすっぽん料理屋の店で、舞台のはねた後、ほろ酔い機嫌の山田五十鈴さんの口から、直接聞かさせていただいたのです。
 私の唯一の師匠であり、天下の名優・花柳章太郎に、おそらく、一世一代の風呂番の役をさせた山田五十鈴さん・・・」
               中央文庫 p292〜295
 

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