京の路地から From Kyoto with Love

Why don't you visit Kyoto to meet something new? 京都は私の空気、水のようなもの。新しい京都、古い京都。その中で、日々綴った、現代の枕草子。

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Location: 京都市, 京都府, Japan

悪戯な好奇心の猿一匹、飼っています。Keeping a curious monkey in my mind.

Sep 22, 2011

中国・雲南省の旅

 中国雲南省の旅に行った。秘境という言葉を知った。旅というものを考えなおした。悪徳旅行代理店に騙された。


 まず日本には秘境はないことを知りました。テレビや旅行会社が「秘境」と騒いでいるものは、観光向けのやらせ秘境にすぎないものだとわかりました。

 雲南の旅は、標高3000メートルを超える点と線の旅です。富士山を超える高さに村があり、人が暮らしています。3000メートルは山ではなく、村なのです。山といえば5000メートルを超える神の領域だと実感します。旅は舗装も不完全な高山の彎曲した道路を、ひたすら走る行程です。酸素不足と車酔いに、毎回深呼吸で食欲も失せています。高山病で亡くなる旅行客が後を絶たないとのことです。大半を車のシートに横たわっています。それでも、そのコースで出会う観光スポットのひとつひとつは、日本にいては決して見ることのできない、心を撃ち抜く感動の景観です。日本の観光地ならば、振り返れば土産物店があり、茶店があり、ご当地キッティを売っていることでしょう。

http://www.flickr.com/photos/7294954@N02/6169298160/

http://www.flickr.com/photos/7294954@N02/6162063156/


 私たちは、例えば中国旅行といえば、観光会社が敷いたレールに乗って、お決まりの観光施設を日本語と少しばかりの英語で見てまわり(日本人目当ての現地人がうじゃうじゃと待ち受けているのです)、麻婆豆腐を食べて、ブランド品を買って、西洋系のホテルに泊まることと思っています。それが中国旅行だと思っています。心の中では中国人を軽蔑しながら、根拠もない優越感をもって見物してくるのです。日本人目当ての現地の商人と日本の旅行代理店を儲けさせるために。


 雲南では英語は通じません。日本語はもちろん、中国語さえ通じないことがあります。食事も広東や四川のものとは全く違います。香料の匂いが強く、辛い。酸素欠乏で気分の悪いときには、匂いを嗅いだだけで吐き気がする。コーヒーはまず飲めない。朝食には饅頭(まんとう)という塩も砂糖も入らない蒸しパンを食べて、バター茶という飲み物を飲んでいたりするけど、その塩辛い飲み物は食欲を失せさせる。


 旅とは、やっぱり新しいものを観ることだと実感した。新しい経験をすることが自分を再起動する。見る前から知っているものをただ見てきただけのツアーでは得られない、本当の感動が欲しい。現地人ガイドも日本のお客さんは、観光地を見て、ブランド品を買っていくだけだと言っていました。終わることのない、あれは何だろう、これは何だろうの連続が、絶えず心を刺激し続ける。みすぼらしい服装の幼稚園くらいの兄妹に出会ったとき、「你好」と挨拶すると、「你好」と返答してきた。「你会唱?」と尋ねると、二人で少数民族の歌を歌って踊ってくれた。谢谢とお礼を言って、すこしばかりのチップをあげると、大喜びで叫びながら母親のところへ走って行きました。村には小さなよろず屋が一軒あるだけで、何も買うものもないと思うけれども、本当に嬉しかったのでしょう。

http://www.flickr.com/photos/7294954@N02/6172416817/


 旅立つ前に、中国語の香格里拉(シャングリラ)サイトをのぞいてみました。バスは一日一往復だとか、自動車が通れないので、それから先は馬で行く、とか書いてあって、こりゃ古い情報だなと思っていました。ところが、行ってみると、これからの登りは騾馬で1時間半とか、馬で30分とかいう所に実際ぶつかって、驚きました。厳しい登り坂を、高地からの見晴らしを楽しみながらの、騾馬の背に揺られる旅では、騾馬の力強さに感動したのです。

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