京の路地から From Kyoto with Love

Why don't you visit Kyoto to meet something new? 京都は私の空気、水のようなもの。新しい京都、古い京都。その中で、日々綴った、現代の枕草子。

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Location: 京都市, 京都府, Japan

悪戯な好奇心の猿一匹、飼っています。Keeping a curious monkey in my mind.

Aug 20, 2010

京の地蔵盆

 8月23、24日は地蔵盆です。京都で育った人には、ごく当たり前の、夏休み終盤の子供のお祭りです。思えば京都とはそういう街なんだと、しみじみと感じる、懐かしいご近所の催しでした。
 古くは「地蔵祭り」と言われていて、地蔵の縁日である24日に、子供の守り仏である地蔵を祀る、子供の祭りとして定着しています。京都では町々にある地蔵を中心にして、お菓子や玩具が配られて、ゲームをしたり、福引きがあったり、本格的になると「百万遍大数珠繰り」をしたりして子供たちのために時間が過ぎていきます。
 この日は、子供たちも、一切の義務や柵から解放されて、終日自由気儘に過ごせる、正に子供の天国です。
http://homepage1.nifty.com/heiankyo/rekishi/reki26.html
http://www50.tok2.com/home/myunclek/jizo.htm

 地蔵祭が先祖を祀る盂蘭盆とどう関わっているのかは不明です。つまり何故お盆と同じ月に催されて、「地蔵盆」と呼ばれるようになったのかはわかっていません。平安の昔、子供たちが辻で塞の神を祀って往来の人びとに銭を乞うていた記録が残っているそうです。だとすれば、辻に祀るのが地蔵ならば、地蔵盆と同じもので、平安の初期から、続いている子供の祭りだということになります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%90%E3%81%AE%E7%A5%9E

 また地蔵祭には、もう一つの行事があります。それは都の六地蔵を一日で巡る、地蔵巡りがそれです。
 六地蔵は平安の初期に当時の奇人というか、怪物とも言える小野篁が自分で彫った六体の地蔵を現在の伏見区六地蔵の地に安置したことに起源をもつ話ですが、六地蔵はまた、平清盛が西光法師に命じて、都に入る七つの街道の入り口に、それぞれ六体の地蔵尊を祀ったことからも、現世利益の地蔵信仰が庶民の生活に根付いて行くにつれて、地蔵祭に結びついていったものと思われます。
http://homepage1.nifty.com/heiankyo/rekishi/reki24.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E3%81%AE%E4%B8%83%E5%8F%A3
http://www5e.biglobe.ne.jp/~hidesan/rokujizou-meguri.htm

 地蔵盆と言えば、その内容を考えると日本全国にあっていい習俗のようですが、実際には、京都のもの、と言っていいくらい他の地方ではみられないようです。始めからないのか、あるいは、中止されていったのか、私は知りません。明治維新の馬鹿げた「廃仏毀釈」の嵐の中で、京都以外の地では、地蔵信仰そのものが、哀しいことに、生き長らえることができなかったせいかも知れません。もしそうなら、子供と子供を守る仏を、守っていこうとしなかった「維新」って一体何だったのですかね。
http://www.photo-make.co.jp/hm_2/ma_20.html
 

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