京の路地から From Kyoto with Love

Why don't you visit Kyoto to meet something new? 京都は私の空気、水のようなもの。新しい京都、古い京都。その中で、日々綴った、現代の枕草子。

Name:
Location: 京都市, 京都府, Japan

悪戯な好奇心の猿一匹、飼っています。Keeping a curious monkey in my mind.

Jul 31, 2010

大阪の2幼児の死体遺棄事件

真実泣けるほど辛いニュースでした。何故こんなことになるんだろう、と臍を噛む思いです。

 2チャンネルのニュースで見かけた言葉です。大なり小なり同じ感想をもっている人がほとんどだと思います。でも、本当にそうでしょうか?
http://wintomorrow.at.webry.info/201007/article_32.html

「同じ悲劇を何回繰り返したら学習するのやら
警察や児童相談所は何を恐れているんだろうか
さっさと踏み込めばいいだろうに 」

http://news109.com/archives/3443160.html

 下村容疑者が本来子供思いで、幸せだったころにはいい母親だったことが、彼女のブログの内容や両親の証言から明らかになっています。その優しさがうそだったとは、私には信じられません。私たちは、自分のものの考え方が、大きく偏ってしまっていることに気づかないでいると思います。ちょうど先の戦争のとき、皆が日章旗を振って、大切な男たちを絶望的な戦争に送り出した時のように。集団的というか、国民的な偏見の中で、下村容疑者を鬼呼ばわりして、児童相談所を無能呼ばわりしているように思えてなりません。
 親である下村容疑者が、普通の親として子供に接していれば、起こらなかった事件だということは当然で、警察や児童相談所がもっと積極的に介入していれば、最悪の結果は予防できたろうことも論をまちません。

 役所も警察も、日本国憲法を読んでみろ!と言いたい。国民の「生存権」は「プライバシー」権よりも、もっともっと基本の、重要な権利なんだよ!と言いたい。そもそも「プライバシー」なんて、憲法のどこにも、一言も書いてないんだよ。「プライバシー」云々を口実にして、仕事をしたくないだけなんじゃねえのかよ! かかわりたくない、ただそう思ってるだけなんだろ!国民の税金で食ってる奴らが、その国民を守ることに自分の使命を感じないなんて、一体なんて国なんだ、この国は。

 今の世の中は、特に資本主義社会は、「自由」を売り物にしているのですが、その自由とは自分が自由にできるお金の額に応じた「自由」のことです。大多数の人たちの自由は、ユニクロで買い物をして、スーパーの半額を待つ程度の自由です。街を歩けば、粗悪な安物に群がる人々を、いつでも目にすることができます。「貧困を基礎にする社会では、安いものが売れる」 というある経済学者の言葉が、身にしみます。

 そんな貧困を基礎にする社会で、明日職を失ったら、自分の子供はどうなるのでしょうか? これは日々、実際に起こっていることです。また、寄るべない母親が、自分一人では解決できないようなストレスに晒されたら、その子供たちはどうなるのでしょうか?夫と別れて、男の欲望を処理するだけの仕事をしながら、子供に豊かな愛情を注ぎ続けるのは、多分難しいことだと思います。「自分にこそ」誰か、溢れる愛情を注いで欲しいと、下村容疑者は、今も人知れず心に秘めているように思えてなりません。彼女は、追い詰められていながら、それを救う手立てを見つけられずにこの事件を起こしてしまったものと思います。「自己責任」という無言の重荷に耐え続けた挙句のことだったでしょう。これは、彼女だけの問題ではありません。誰もが、大なり小なり同じ重荷を、しかたのないものとして、背負って生きているように思います。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100731/crm1007311345013-n1.htm

 問題は、それが下村容疑者の子供であって、児童相談所の不手際があった、というその認識です。「他人事」なのです。これは私たち日本人が、沖縄の悲劇を、私たち日本人の問題だと認識できないで、「自分のことでなくてよかった」と思っているのと。まったく同じ思想の土壌の問題なのです。

 専修学校を卒業して19歳で結婚して、専業主婦。2人の子供に恵まれて幸福の絶頂に。しかし、遊びたい盛りです。自分の交友関係のために離婚を言い渡されて、22歳で2人の子供を養う立場に転落。飲食店には託児所もあったそうですが、収入が足りず、風俗へ。託児所なし。仕事はキツい。男は欲望を剥き出しに襲いかかってくるし、ストーカーにも悩まされる。生活のあまりの厳しさに、実父と前夫に相談したようですが、どちらの助けも得られず(何故?)、自分が、人に愛されたいと切望しながら、次第に追い込まれていったその過程には、涙を禁じ得ません。日本が経済大国だとか、日本人は人に優しいとか、根拠もなく思っている周囲が、そんな風に彼女を追い込んでいったのです。

 下村容疑者の両親も、元夫(自分の子供だろ?)も、一人で子育てをする彼女に、乞われなくても、助けの手を伸ばしてやらなくてはならないと思うし、身近にいた友人の誰も、彼女の惨状に気づいてやれなかったのは、何故なのか理解に苦しむ状況です。

 少子化の問題が叫ばれて久しいですが、その解決策は闇の中です。ああだこうだと口先ばかりの陳腐な評論をして金をもらっている奴らばかりで、誰も真の解決策を提案できないでいます。

 「子供は宝物だ」と言っても、きれいな言葉としか受け取られないのが寂しい。子供は私たちの未来を背負う、真の宝物です。ひとりひとり、どの子供にも優劣はない。ならば、その子供たちを、私たち皆で守っていける世の中でないと、ダメだと痛感します。ある母親が困って、行き詰ったときに、すぐに手を差し伸べられる友人や、施設がどうしても必要です。子育てができなくなった親がいれば、いつでも、いつまででもその子供を預かって、無償で保護する巨大なネットワークが必要です。これは菅さんと蓮舫さんに直談判したい。
http://www.renho.jp/

Labels:

0 Comments:

Post a Comment

Subscribe to Post Comments [Atom]

Links to this post:

Create a Link

<< Home