京の路地から From Kyoto with Love

Why don't you visit Kyoto to meet something new? 京都は私の空気、水のようなもの。新しい京都、古い京都。その中で、日々綴った、現代の枕草子。

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Location: 京都市, 京都府, Japan

悪戯な好奇心の猿一匹、飼っています。Keeping a curious monkey in my mind.

Aug 29, 2010

大リーガー ピート・グレイ 夢と自由について考える

 大リーグの 「セントルイス・ブラウンズ」 がピート・グレイの採用を決定したのは1945年のことでした。そして、そのピート・グレイの初打席。
 彼は大きく息を吸って、バッターボックスに入りました。 
1球目、空振り。2球目、空振り。3球目、空振三振、とピートの初打席は、三振に終わりました。 でもその三振を見て、スタンドの観客達は、総立ちになり、終わらない拍手を送りました。
 ん? 大リーグの試合で、三球三振。なのに 「観客達は、総立ちになり、終わらない拍手」?

 ピート・グレイは1915年、ペンシルバニア州の小さな町に生まれました。子供の頃、父が野球の試合を見に連れていってくれたのを機に、将来野球選手になる夢を持ちます。ところが、6才のとき事故にあって大怪我をしてしまい、悲観してその夢をあきらめようと父に相談します。父は 「何を言っているんだ。あきらめるな!人間、やる気になればできないことはないんだよ」 とピートを励まします。そしてピートは、その日から夢に向かって長くて、辛い道のりを前進してゆくことになります。

 ピートは、地元の草野球チームに入りますが、一度も練習には参加させてもらえませんでした。それでも彼は、文句も言わずひたすら球拾いと、一人で素振りに励みます。同時に彼は、地域の野球学校へ通いながら、いろんな球団の入団テストを受けますが、ことごとく、落ちてしまい一向に入団は叶いません。

 しかしピートは、お父さんの言葉通り、諦めませんでした。

 そんな彼に、24才の時、ニューヨークのセミプロ球団、「ブッシュウイックス」 から声がかかります。ピートは 「大好きな野球ができるなら、セミプロ球団でもかまわない」 と、喜んで入団、そして、そこで、素晴らしい成績を残しますが、その活躍を見ていた、マイナー・リーグの「スリーリバース」 という球団の監督に大抜擢されます。そして、ピートはこの 「スリーリバース」 で打率.381で首位打者を獲得することになります。

 そして1943年、AAAの 「メンフィス・チックス」 に昇格、そして彼は、打率333、本塁打5、盗塁68という素晴らしい成績を残し、ついにこのチームで MVP を獲得、そして、ついに幼い日の夢が叶います。1945年大リーグの 「セントルイスブラウンズ」 がピート・グレイの採用を決定したのです。そして、夢にまでみた大リーガーとして、上に書いた運命の第一打席が訪れました。

 何故 「スタンドの観客達は、総立ちになり、終わらない拍手」 を送ったのでしょうか?

 実は彼は、6才の時の鉄道事故で右腕を失い、片腕の大リーガーだったのです。

 試合後のインタビューで彼は、苦笑いしながら 「涙でボールが見えなかったよ・・・」 と言っていたそうです。


 片腕の少年が、野球を志して、大リーガーになるまでの努力は、私のような凡人には想像さえできません。が、夢を捨てなかった少年と、彼を励まし続けた彼の父のすごさには、深々と頭を下げたい思いです。私はこの話を読んだときに、いつまでも涙が止まりませんでした。
http://wpedia.mobile.goo.ne.jp/wiki/%83s%81%5B%83g%81E%83O%83%8C%83C/

 私たちは、「夢」や「自由」について考えたり、語ったりすることがあります。でも果たしてそれを、自分のこととして、真剣に考えているでしょうか。「そんな夢をみたこともあったけど」、で終わっていないでしょか。結局 「なりたい自分」 をさっさと諦めて、「なりうる自分」 に妥協して終わっている場合が多いのではありませんか?「だって無理だもの」 と自分に対して、弁解していないでしょうか。「自由」についてはもっと深刻です。片腕の少年に、大リーガーになる自由はあるでしょうか?それを証明してみせたピート・グレイに対して、私たちは、恥ずかしくないでしょうか。私たちは自分が「自由」だと思っています。そして日本は「自由」 な国だと信じて疑いません。しかし、今、あなたが右腕を失って、プロの野球選手になりたいと言ったとき、家族や友人や、球団関係者は、何と言うでしょうか。それより先に、自分に対して言い訳をして、さっさととその夢を捨て去る 「不自由」 の道を選ぶのが普通ではないでしょうか。これが私たちの言う 「自由」 でしょうか?そして、これが「自由」 の国での選択肢でしょうか?

 自由とはとても重い概念で、大抵のひとはその重みに耐えられないで、「不自由」 の選択肢を選んで生きています。
 何でも、自由に選択できるのに、「難しいから」 とか、「親や先生に反対されるから」 とか、「失敗したら恥ずかしいから」 とか、何とかかんとか言って、j自分で自分を納得させて、自分の「自由」 を放棄していませんか?あまり無理をしないで、何とか食べていければいいや、なんてみみっちい生き方を選んでいませんか?

 ピート・グレイ一番好きな言葉は
 "A winner never quits." (勝利者は決してあきらめない)
だったそうです。
 やる前から、諦めてはいけないですよね。
http://www.amstkk.net/petegray.html

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