京の路地から From Kyoto with Love

Why don't you visit Kyoto to meet something new? 京都は私の空気、水のようなもの。新しい京都、古い京都。その中で、日々綴った、現代の枕草子。

Name:
Location: 京都市, 京都府, Japan

悪戯な好奇心の猿一匹、飼っています。Keeping a curious monkey in my mind.

Oct 10, 2010

「肖像権」をタテに「表現の自由」を侵害する「クレヨンハウス」というお店

表参道にクレヨンハウスという子供の本の専門店?があります。地下のレストランの風景にカメラを構えたとき、Kという店員から制止されました。近頃では、ときどき店内の撮影を禁止するお店があります。

 私の撮影を制止したその店員は、他のお客さんの「肖像権」がどうのこうのと言うのですが、その前に、「表現の自由」が憲法で保障された国民の基本的権利だということを無視しています。一人のレストランの店員が得体の知れない「肖像権」を理由に、ある人の「表現の自由」を制限できると考えているとすれば、これは由々しきことです。もちろん、「クレヨンハウス」というお店自体に憲法を無視した「反人権」思想があることになります。表参道の「クレヨンハウス」は三階の売り場に、憲法に関するポスターを貼ってあって、よほどこの方面には明るくて、民主主義の思想を勉強した店員さんが勤めているのかと思っていた矢先のことで、大変ショッキングでした。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%A8%E7%8F%BE%E3%81%AE%E8%87%AA%E7%94%B1

 日本国憲法12条1項は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と明確に規定していますが、憲法上は、「肖像権」も「プライバシー」も何の規定もありません。
 そもそも法律で「肖像権」なるものは、何の規定もないのです。法的に明らかに規定されない「肖像権」をもって、基本的人権である「表現の自由」を制限しようとすることは、許すべからざる暴虐というものです。
 これについて判例では、「警察官が正当な理由無く個人を撮影してはならない」というのがあったそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%82%96%E5%83%8F%E6%A8%A9

 もし、私人の撮影が許されないなら、混雑した交差点を表現する写真は撮れません。写っているひとりひとりに、その不明確な「肖像権」を理由に、いちいち承諾を得ないと発表できないことになってしまうからです。トイレや入浴中など、プライベートな場面を盗撮するのと、不特定の人が集まる公的な場所を撮影するのはその性質が違います。自分の子供を写しても、後ろに他人が入ってくるのは避けられないことです。「肖像権」という憲法にも法律にも規定のない言葉で他人の行動を規制するとは、何たるレストランなのか。そもそもお客さん同士の、個人的な関係には立ち入らないのが、お店のあり方で、苦情を言うお客さんがあれば、むしろ、撮影は個人の人権に属する問題ですからと憲法を守る立場に立つことが立憲国家の市民の姿勢です。トラブルを恐れるあまり、人権侵害に陥る日本人の人権意識の低さには恐れ入ります。
 一枚の写真がどんな理由で、誰をどう傷つけたのか、それは、実際にそういう問題が生じた時の個人対個人の問題で、ひとつの商店の店員が軽々しく口をさしはさむ問題とは違います。
http://www.hi-ho.ne.jp/toyo-x/shouzou.html

Labels:

0 Comments:

Post a Comment

Subscribe to Post Comments [Atom]

Links to this post:

Create a Link

<< Home