京の路地から From Kyoto with Love

Why don't you visit Kyoto to meet something new? 京都は私の空気、水のようなもの。新しい京都、古い京都。その中で、日々綴った、現代の枕草子。

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Location: 京都市, 京都府, Japan

悪戯な好奇心の猿一匹、飼っています。Keeping a curious monkey in my mind.

Feb 27, 2010

夢でなくなる日 金妍兒

 バンクーバー、26日、外来が終わって医局に行くと、テレビの前に先生方がズラリ。女子フィギャーの浅田とキムの対決に見入っています。キムのFree の得点が出たとき、一瞬の深い沈黙、そして静かに「信じられない」「人間じゃない」と呟く声が聞こえました。衝撃でした。

 23日の金妍兒のSPは衝撃だった。終演45秒前に始まる「007」のメイン・テーマで観衆の喝采が湧き上がります。そして、30秒前のあの指 クリックと微笑みが審査員胸を射抜きます。しめくくりの射撃のポーズも秀逸だった。結局金メダルをかっ攫ったのは、皆の予想通り金妍兒でした。
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 金妍兒は7歳のころ、学校の友人とオリンピック・ゲームに興じていたのだそうです。彼女は当時のフィギャーの女王だった、アメリカのミシェル・ クワンになりきって、姿勢や表情まで真似ていたといいます。そして、テレビで見たミシェル・クワンが、彼女の「夢」になったのです。
http://figure.same64.com/figure061.html
 13歳で浅田に惨敗した日、彼女は「どうしてあの子と同じ時代に生まれたのか」と悔しい思いだったと言っています。その金妍兒が、今回の大舞台 では、その浅田に大差をつけて首位に立ちました。その時の彼女の言葉は「この時を夢みていました。もう夢でないなんて」というものでした。自分の力で、 「夢」を「夢でなく」したのです。

 「夢」が「夢でなくなる」日が来たのです。12年間の「夢」を、「夢」で終わらせなかったこの19歳は真実すごい。フリーの演技を見ていた世界 中の誰もが「すごい」と思ったことと思います。それにしても金の毎週48時間の練習というのは、すごい。浅田の2倍以上です。
http://yaplog.jp/ommoron/archive/105

 金妍兒のすごいところは2つあったと思います。一つは選曲の妙。もう一つはジャンプの上手さでした。クラシックに辟易した審査員に、「007」 が審査員に与える効果を狙ったと、コーチが語っていました。その通りになりました。一方、ジャンプでは、浅田42.38, 金が56.70と大差が開きました。
 ジャンプは助走から着氷まで、高い技術が要求される技ですが、そのためにスケーティングのスピードが必要になります。そのスピードを教え込むた めに、金のコーチは、しばしば彼女と一緒に滑って、徹底的にその勘を叩き込んだといいます。一方、浅田のコーチであるロシアのタチアナは、年に1〜2回! しか指導のために来日していません。浅田の練習は中京大のリンクを借り切りのため、滑走はいつも独りでした。金は本番開始ギリギリまで、ジャンプのシミュ レーションをしていました。それに金は4年間、演技の内容を変えず、同じ内容で、みっちりと練習を積んでいました。3回半回れば金メダル、という安易な予 想ではなかったのです。金メダルへの執念の違いは明白です。

 気になる報道がありました。本番の練習の時、金妍兒のジャンプを、ライバルが邪魔?をしていたことが報じられました。意識的でないことは明らか ですが、練習時には、他の選手の前方に、邪魔にならないように配慮するのはお互いのマナーだそうですが、それを気にかけていない選手がいるということで しょうか? 本当だとすれば、演技以前の失態です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%A6%8D%E5%85%92

 それと、日本の報道の姿勢は根本的に低劣です。金妍兒の人気と高得点を、彼女の流し目?や、色っぽさ?に審査員が負けているから、と言いたげな 発言を流す番組があったりします。日本という国は、アメリカには平身低頭ですが、中国や韓国のこととなると、負けを素直に認めようとしない姿勢が露骨で す。浅田に対する過剰なまでの身贔屓の報道も、今後も当の本人にとっては必ずしもいい結果とはならないような気がしてなりません。東京都の石原知事が、オ リンピック報道(男子フィギャー)に対して「銅を取って狂喜する、こんな馬鹿な国はないよ。国家という重いものを背負わない人間が速く走れるわけがない、 高く跳べるわけない。いい成績を出せるわけがない。」と語っていました。何億という金を使って、オリンピックに出してもらっているのです。一生懸命やった から満足です、という柔な個人的、自己満足レベルではまずいと思うのです。選手をおだてて、甘やかせるのではなくて、真に人格、技術ともに世界的な選手に 成長するような報道をすることが、私たちの使命だと思います。それにしても、國母和宏といい、浅田真央といい、コーチのレベルが、世界に比べて低すぎる、 と思うのは私だけでしょうか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%8B%E6%AF%8D%E5%92%8C%E5%AE%8F

 夢をみることは、誰にもできること、と思われがちです。しかし、実際には、夢をみることには、大きな制約があります。自信のなさや、夢を実現す るに至る苦労の大きさから、最初から割り引いた夢に妥協したり、そもそも夢をみるよりも、普通に大学を出て、普通に生きればいい、と諦めたりすることも多 いことと思います。また、心の中では、そうありたいと思っていても、家庭の事情などから到底自分には不可能と、断ぜざるをえないこともしばしばです。夢を 実現するには、莫大な投資が必要となることが多いからです。まあ、普段から女と金のことしか考えていないような輩も結構いるようですから、悲しいことで す。

 日本は「自由」の国だと思っている人も多いと思います。「自分勝手」というレベルの自由では「自由」とは縁遠いものです。若い人が、夢をみる 「自由」があるかどうか、これが、その国の「自由」の尺度です。旅行したいと思っても、旅行するためのお金がなければ、旅行する自由はありません。自由は 大部分がお金で買うものなのです。大部分の若者が、夢をみる「自由」がないのなら、その国は自由な国とは言えません。

 金妍兒は大会後、競技生活を引退するかも知れないとの報道があります。だとすれば、浅田との対戦は、これが最後になるかも知れません。今回のメ ンバーで、日本の鈴木、アメリカの長州の演技がとてもよかった。来期の浅田のライバルとして、浅田の前に現れるかも知れません。トリプル・アクセルだけに 頼っていては、金メダルには届かないこと、コーチともども思い知ってかからないと、浅田にさらなる進歩はないと思います。

 以下はスポニチより。
「当初、五輪のフリーにはフランツ・リスト作曲の明るい楽曲が候補に挙がったが、浅田の成長を見てきたタラソワ・コーチが「物足りない」と判断。 荘厳な調べの「鐘」を選んだ。五輪で勝つため、プログラムも曲もあえて難しいものを選んだ。勝算があった。
 しかし誤算が生まれる。ロシアに呼んで指導したいタラソワ・コーチと、日本で調整したい浅田サイドの思惑がかみ合わずに直接指導する機会がほと んどなかった。高血圧、腰痛などもあり同コーチは昨年10月のロシア杯以降1度も来日しなかった。浅田は最後までタラソワ・コーチを信頼した。しかし、難 しいプログラムにもかかわらず直接指導しなかった姿勢に疑問は残る。
 中学時代まで指導していた山田満知子コーチは「大人の魅力という点はタラソワさんによって引き出されていた。けれど、ダイナミックでパワフル、 スピーディーで軽やかな、風が吹くようなスケーティングという方向で進めていたら…とも思う」と分析。方向性を変えたことで浅田本来の持ち味が消えてし まった可能性を指摘している。銀メダルという結果にもやもやは晴れない。 」
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2010/02/27/16.html?feature=related

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